欧米では事件解決に霊能者(サイキック)の助力を仰ぐこともあるらしい。
霊能者、つまり超能力者(サイキック)が悪意を持って行動したら、防ぎようがない。
現実だったら怖いよ〜。
【霊能者狩り】のあらすじ
200人もの霊能者が暮らす町で、ひとりの霊能者が惨殺された。偶然にもその犯行を霊視してしまった別の霊能者は、しかし強烈ななにかに邪魔されて犯人がわからない。
どうやら犯人も霊能者らしいのだが……警察が捜査しているうちに、またしても殺人事件が起きた。
どうやって解決に向かえばいいのか。
霊能者である住人たちと警察側の攻防がはじまる。
能力と人間性はベツモノ
平凡な人間は特別な能力にあこがれる。
そして恐れる。
それは今まで読んできた本の記事にも書いてきた。
いつも考えるのは、能力と人間性はベツモノであるということ。
富と人間性もそう。
知能と人間性もそう。
この話に出てくる霊能者も、みんな性格がちがう。
さとうあたりまえっちゃあたりまえだが
自分の能力をどのように使うか、まわりの人々からどのように見られるか、自分はどのように生きるか。
霊能力者としての人生も、それぞれにちがう方向を見ている。
「霊能力者」というひとつの括りでは話は進まない。
それが殺人事件をはさんで揉めるんだから、怖い。
まちがった能力の使いかたをするのは誰なのか、たがいにそれがわからない。
そしてこれから起こることを予測して用心しないと、命を取られる。
もちろん被害者側にも霊能者はいるが、自分が死んでしまう悪夢のような予知の映像を見せられてしまう。
特別な能力を持つことに憧れてもいい。
けれど、実際にそんなチカラを持つと思いもかけない負担がのしかかることだろう。
能力を持てなかった人たちからの注目ややっかみも浴びるだろう。
霊能力や超能力を持っても、それがきちんと評価されるのは残念ながら清く正しい人間性がともなっているときだ。
能力と人間性はベツモノなのに、行ないが下品だったり悪辣だったりすると、能力もまがいもの扱いされてしまう。



特別な能力って取扱注意なんだね
さとうがこの本を読んだ理由
裏表紙に書いてあった紹介にそそられた。
200人もの霊能者が暮らす町で霊能者が殺されて、たまたまそれをひとりの霊能者が透視していたのに犯人も霊能者だから犯人の正体がわからない!



なんじゃこりゃーっ!
妄想のネタにできるかな。
能力者であることを公表してそれを仕事にして生活するのは、大変だろう。
能力があるから楽しく思うとおりに生きられる、わけではないし。
追記:例によってさとうの本は古いほう
Amazonで見ると表紙が新しいほうだった。
この本は1991年に初版、さとうが持っているのは4版で、古いほう。
楽天で表示されているほうだ。



古本屋で買うんだから、そうなるわ












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