自分の人生は自分で考えて動かしていきたいと思うよね。
でもどうすればいいのかわからないことが多い。
まずは知識と人、かもよ。
【革命テーラー】のあらすじ
福島の町のふるい仕立て屋が、ある日ウィンドウに18世紀ロココ調のコルセットをかざった。それは素人が見ればただの女の下着で、だから町も商店街も大騒ぎ。
たまたま通学路にあたる男子高校生が見たとき、それが何であるか、どのくらい手の込んだモノであるかが理解できた。店に引っ込もうとしていた店主にこれが何であるかを確かめる質問をしてしまったことで、主人公である高校生と店主のあいだに妙な信頼関係ができてしまい、さらにそこからもう一人の高校生とつながりができはじめる。
3人の活動は、すこしずつ周りの人間を巻きこんで、最後には町全体を巻きこむ大きなうねりになっていった。
不確定で不安定なものには不安がいっぱいだ
昭和の高度成長期ならいざ知らず、いまは進学もその先の進路も、わからない・見通せないことだらけで不安がいっぱいの時代だ。
しかも昭和の常識をいまだがっつり信じて疑わない高齢者から「やりたいことをやればいいんだよ〜」ってアオる若いカリスマまで、意見をいう人にはいろんなタイプがいて、どれを信じたらいいのか迷う。
日本は高齢社会だから、先入観や偏見がけっこう幅をきかせていて、若い人たちを圧迫し新しいものにトライする勇気を削っていく。

それはツラいし、悲しい
自分の人生を考えるとき、贅沢はいわないが人並みの収入とブラックじゃない仕事環境がほしい、と思うのは普通のことだ。
そこに「ホントはこういう仕事がしたかったんだ」という喜びがあったら、しあわせだね。
でもじつはこういうのって、高度成長期でも希望に過ぎないことがけっこうあったんだ。
いつも先には、不安がいっぱい。だって未来は不確定でまだ不安定なものだから。
なにひとつ、ムダにはならない
この話のように、中途半端ないなかの町で暮らしていくとき、絶妙に「なにかが足りない感」につきまとわれながら生きている人は多い。



さとうもそうだよ
だから、たとえば九州なら「福岡行ってアイドルやる!」とか、たとえば関西なら「大阪行ってお笑いになる!」とか、それ以外のいなかにいると「東京に行けばやりたいことできるんじゃね?」とか、夢を見る。
だけど、100人いて100人が全員、夢をかなえられるわけじゃない。
心が折れて撤退した人は「失敗したな、オレの人生」と挫折感をあじわう。
へこみまくるよ、こういうことって。
でも、その経験は、ぜったいムダじゃないから。
経験したこと、学んだことは、なにひとつムダじゃない。
なぜなら、あなたの経験はあなただけの体感、あなたがやった勉強はあなただけの知恵。
誰にも奪われないし、あなたしか持ってない唯一無二のものだから。
たとえばまだ学生の人、卒業したばかりで仕事が決まってない人、未来を見ると不安ばかりだろうね。
けれどあなたが学んできたことは、いつかかならずどこかで使う、役に立つ。
この話は、そんな流れからの元気回復話。
でも現実でもそうなるから。
AをやればかならずBになる、というストレートな流れにならないだけで、学んだことはいつかどこかで役に立つ。
「これ教わったころはナンだよーとかウザい感じだったけど、いや、知ってて助かったわ」っていうことがかならず起こる。
だから、どんな雑学も大事にしてね。どんな経験も大事だからね。



年寄りの経験からいえるのさ
でもコミュニケーションはやっぱり大事
この話は、福島のいなか町に住んでいる高校生が、町を騒がすちょっとした出来事をきっかけに、自分の人生や好きなものや人づきあいを考える話なの。
好きなもの、興味のあるものにたいして、ちょっとだけ勇気を出して近づいてみたら、いろいろと考える人の人生に巻き込まれることになったのよ。
でも、好きなものを追いかけるのは気持ちもアガるし、まえに進もうとするエネルギーをもらえる。
そのためには、ほんのちょっとの勇気が必要になる。



さとうも、ちょっとだけ勇気を出してヘタな二次創作をネットにあげたことがあるわ。ちょっとだけ勇気を出して同人誌を買いにいったこともある
ちょっとだけ、でいい。
自分のなかにあるものを肯定するために、自分が動くことにつながるから。
ちょっとだけ勇気を出して動いたら、つぎはコミュニケーションを取る、ってことにつなげる。
この話でも、変わり者に思える仕立て屋の店主と仲間になったことで、主人公は自分が考えている方向にすすんでいけるようになっていく。
なかまは大事。
ひとりきりでなにかを成し遂げるのは、ものすごく大変でツラい。
ちょっとだけ勇気を出して、動いて、コミュニケーションをとって、まえへ進んでいく。
これってものすごく高いハードルに見えるけど、べつに一気にやらなくてもいい。
すごく悩んで、すごくゆっくり、ひとつずつ試してみればいい。
この話に出てくる高校生も、自分のペースで考えて動く。
だって自分の人生だもん、自分で考えて動いてわるいわけないじゃん。
いつかどこかで、自分の考えかたを「わるくないよ?」とわかってくれる人に会えるから。
自分のまわりのなにもかもを否定しなくていい。
コルセットを見直した
この話を読むまでは、コルセットって整形外科でお世話になるモノだとばかり思ってた。
でもこの話を読んでからネットでググると「へぇ〜、素敵な着こなしにも使われているんだ」ってわかった。
下着の役割ばかりじゃなかったんだね。






そういえば本の中でも、おばあさんたちが和モダンな着こなしをしてたし。



またひとつ、さとうも学んだよ
さとうがこの本を読んだ理由
裏表紙に、いなか町の仕立て屋で華美なコルセットが飾られた、と説明があった。
これ、いなかに住んでいると、そりゃ大変な騒ぎになるだろうさ、と実感できる。
新しいモノとか見たことのないやりかたとか自分たちが守ってきたふるいしきたりから外れたこととか、そういうものにはワケがわからないままに騒ぎ立てることがある。
だから「なんで華美なコルセットを?」とか「いなかの商店街はどう反応したの?」とか「そもそも男子高校生がコルセットのなにに理解をしめしたの?」とか、だんだん妄想的疑問がふくらんだ。
だから読まずにはいられなかったよねぇ。
この話はもう、自分たちが動くことで世界が変わる、という元気の出る話。
たとえこれがフィクションであっても、現実世界でもこんなふうに変えていけるかもしれないと勇気を与えてくれる話なんだよ。
自分の人生になにかを求めているのなら、こういうふうに一歩踏み出してみよう。
自分の人生は自分でコントロールしたい。誰にもゆだねたくないよ。
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