生きている限り、どこまでもついて来るものは、ある

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J・ティプトリー・ジュニア(著)

いつかツケを払う時が来る

世の中の年寄りは口うるさい。

理由のひとつに「若気の至り」や「後悔先に立たず」による経験、からくるものがある。

今は「しないで後悔よりしてみて後悔」って言われていて、後悔することになってもやってみた方がいいって勧められる。

でも、やっぱり、無分別な行動、軽率なふるまい、無茶な行動は、する前によく考えた方がいい。

後からきちんと償えるものなら、やってみてもいいさ。

被害が自分と自分の人生だけで留めておけるなら、やってみてもいいさ。

知らんふりしておいても誰も困らないなら、しばらくは知らんふりしてもいいさ。

でも。

人生のどこかで、思わぬ形で「無分別、軽率、無茶」の結果を償ったり賠償責任を果たしたり後悔したりする時が来る。

「いつの話のことだよ?」
「そんな前のこと言われても………」
「ええ?アレはお互い様じゃん?」

そんな言い訳が通用しない事態になることだって、ある。

たとえば若い頃から浴びるように飲酒して、歳をとって気がついたら肝硬変、なんていうのもそのひとつだよ

さとう

さとう

相手が居ることなのか、自分の人生のなかで始末をつけなきゃいけないことなのかはわからない。

でも。

昔々のことなのにツケを払わなきゃならないことは出てくる。

思いがけないところで、まあまあな確率で出てくるのだ。

人生は甘くない。

死ぬまでのトータルで見ると、人生はちゃんといろんなものがつながったり、伏線を回収したりしている。

ミステリとサスペンスとSF

この話は、アシモフ先生が「ミステリとサスペンスとSFを、ひとつの物語としてたくみに混合させ、その面白さを最後までたもっている」と評した作品だ。

さすが先生、一文でレビューが終わるくらい的確に表現している。

これは、SFという舞台の上で、ミステリというシナリオの芝居が進み、サスペンスな盛り上がりがドーンドーンとやって来る、という感じの話なんです。

しかも終わり方が、いわゆるハリウッド映画的予定調和、ではない。

さとう

さとう

それってどういうことかと言うと、幸せホルモンに包まれて安心して「ああ、よかった」というふうに読み終わる話ではない、と言うことなの。

主人公は自分の人生にオチをつけられたので満足しているかもしれない。

でも、読んでいる方はそうならない。

サスペンスの部分が一段落して、舞台上のミステリの謎解きはきちんと終わったのに、SF風味の人生譚がしずしずと残り火を演出する、って言う感じに終わっていく。

「譚」は音読みで「タン(ダン)」と読みます。「譚」には「かたる」「ものがたり」といった意味があり、この場合は「人生物語」って感じの意味です

さとう

さとう

だから、この話は結果としてはSFなんです。

サスペンスを含むミステリは、オチがついたらとりあえずはおしまい、って区切りがつけられる。

けど、この話は区切りはまあつけられるって言うか、つけているって言うか、気持ち的にはつけられないって言うか、読者としては情緒的に終わる感じなの。

少なくとも、さとうはそうだったのよ。

小説ってさ、いろんな要素が入り混じってるよね。

だから一刀両断にはできない。

自分がされたくないことは他人にしてはいけない

過去の悲劇を内包したこの話は、穏やかな、ヒューマンたちの反省を含んだ展開から始まる。

だから、ああ、この特別な惑星での生態についての話が続くのかな、と思っちゃう。

でもさ、やっぱり人間って、よく深いものなんだな、っていう展開になっていくのね。

話のキモはやっぱり人間(ヒューマン)のことなのさ。

そして冒頭に戻る。

「生きている限り、どこまでもついて来るものは、ある」

「いつかツケを払う時が来る」

結局、オチは曲がりくねった経過をたどった挙げ句、タイトルのようなところへ降りてゆくのね。

若いころや経験が浅いころは、今していることの結果が自分の人生の後半で不幸な形で降りかかって来る、なんて思いもしない。

誰だって、そうなのよ。

さとうだって、後悔したり謝りたいと思っていることはいっぱいあったわ

さとう

さとう

そうだからこそ、せめて、自分がされたくないことは他人にもしない、という最低限のルールを自分に課そうと考えている。

これは、自分に体力があり気力がみなぎっており、経済的にも追い詰められてない時には、案外気がつかない。

何気なくやってしまっている行為が、相手にとってはなんか嫌だなっていうものだとか、無意識に傷つけているよとか、気がつかない。

でもね。

自分が体力のない年齢になったり、アンラッキーな出来事が続いて落ち込んでいたり、経済的にめっちゃ苦しくなったり、そんな時に「何であんなことするんだよ………」ということをされたら、嫌だよなぁ。

立ち直れないかもしれない。

特にこの話は、そんな言葉で言えるような、ささいなことを語っているんじゃないの。

もっと超弩級のエピソードについて話しているの。

もう今さら、どうにも償いようがないことだったりするの。

いずれ何かの形で自分に跳ね返ってくることを考えると、過去のあれこれが怖いわ。

謝れるうちに謝っておきたい。

ちなみにさとうがこの本を買った理由

先に紹介した「たったひとつの冴えたやりかた」の最初のほうに、この話のことを知っているか?と図書館の主任司書が学生に問う場面がありました。

え?どんな話なのよ?

………って思うじゃないの。

しかも〈殺された星〉についての話だっていうのよ。何なの、殺された星って?

だから読むしかないのでした。

まとめ:本の紹介

昔々〈星ぼしの涙〉という酒を手に入れるために、人間(ヒューマン)はひとつの種族を絶滅寸前まで痛めつけた。その歴史を深く反省した人間は、その種族・ダミアム人を保護する。星の上には保護施設と保護官のみが滞在していた。

その施設に観光客たちがやってきた。目的は、そこでしか目にできないノヴァ前線による果てしないオーロラのような光のショーだ。

だが、ダミアム人保護のために連邦が滞在者に行う身分確認をすり抜けた、不届きな観光客もどきたちが醜悪な事件を起こし始める。

果たして、客たちの誰が不届き者なのか。そして保護官たちだけでこの事件を始末できるのか。

客たちの経歴がさまざまで面白い。

どんなふうにも疑えるところが、なんだかねえ?って感じだよ。

本文で言った通り「SFという舞台の上で、ミステリというシナリオの芝居が進み、サスペンスな盛り上がりがドーンドーンとやって来る」流れなんだね。

面白いこと間違いない!

J・ティプトリー・ジュニア(著)
さとう

さとう

「オタク」という言葉がない頃からSF小説を読んでいました。SF小説を読んだことない人と楽しさを分かち合いたいと思ってます。SF以外の本についても読む楽しさを分かち合いたいです。

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