前作に続き、近代史をなぞるようなサスペンス風味のSF。
近代史の闇をのぞかせながらせつない想いを追いかけていく。
思わずのめり込んで読んでしまった。
【機巧のイヴ 新世界覚醒篇】のあらすじ
今回は短編の連作ではなく、長編だ。
頃はおそらく、戦争がおわって新大陸では万博を開こうとしている時代。
前作より100年ほど過ぎたいま、動かなくなっている機巧人形が存在していた。
それを知っている鉄道会社の社主が、己の欲と名誉のために裏世界を通じて思いどおりに事をなそうとしている。
一方、電気の黎明期を迎えているこの時代に、テクノロジック社とフェル電器は今後の電力の主流とならんことをにらんで熾烈な市場の奪いあいに奔走していた。
先の戦争でさまざまな工作員としてはたらかざるを得なかった日向丈一郎は、縁を切りたいと思っているさまざまなしがらみにとらわれたまま、新大陸でも表沙汰にはできない仕事にかかわる。
話は、三者が過去の戦争の闇を引きずって泥沼のあらそいを水面下でつづけながら、機巧人形に近づいていく。
機巧人形はぶじに日下國に帰れるのか。
万博で名誉と実利を争う三者はどこでつながり、絡みあうのか。
先の戦争の影響はどこまで発露するのか。
そして。
サスペンス風味の本当の意味
今回は、万博開催を1年後にひかえた新大陸がおもな舞台。
おもな、というのは、すこしまえまで続いていた戦争に関連して、新大陸やゴダム、華丹、そして日下国の過去のエピソードがいろいろと出てくるから。
この地名を読んだだけで「ああ、日清戦争前後のシカゴとか中国とか日本がベースのフィクションなんだな」とわかる。
フィクションなんだが、話を読み進めていくと「もしかして実際の過去もこんなひどいことがいろいろあったのか」と考えさせられてしまう。

近代史をまじめに勉強していないさとうでさえもね
大げさな表現などしていない分、フィクションの下にあるノンフィクションを感じさせる。
この、ノンフィクションを感じさせるところがサスペンスなのよ。
第2次世界大戦(太平洋戦争)でさえ、もう戦後80年たっている。
そのまえの戦争なんて、どんなチカラがどんな風に探りあい、なにを戦いあったのか、よほど勉強しなければもう私たちにはわからない。



さすがのさとうもそこまでの年寄りではないのでね
ただ言えるのは、戦争はきたない。
きれいごとのプロパガンダをがなりたてて自分たちに都合のよいことばかり表に出す。
裏では敵と認定した人間や汚れ仕事をさせた目下の人間を、弾圧したり見捨てたりする。
戦争が終わっても、政府側・軍側に都合がわるいことは徹底的にもみ消す。
そういうノンフィクションがそこここに感じとれるから、サスペンス風味なんだ。



自分にそのつもりがなくても、体制側に都合がいと思われたらおしまいになるってことが恐怖だよね
怖い社会にならないように、私たちは政府と民衆をよく見ていかなくては。
器用さ・勤勉さはフィクションでも
このシリーズの日下國は仮装・日本国だ。
だから日下國の職人が器用だったり勤勉だったりするのは、想定内。
しかも動く機巧人形は日下國の職人にしかつくれない、という設定。



さすがオタクの国(という仮想)
そのせいもあって、万博では展示の目玉として日下國館で機巧人形をかざる予定だった。
パビリオンがいちはやくできあがっていたとか、遅れに遅れていた会場の整備を突貫工事でなんとか間に合わせたとか、さすが仮想・日本国の職人たち。
だから話は読みやすい。
話の途中から、おなじみの機巧人形・イヴは動き出す。
でも動けなくなってから100年もたっているから、自分の知っていた人々はもういない。
心や魂という「ある種のはたらき」で動いていたイヴにとって、それはつらくて悲しいことだ。



長命種が短命種と暮らしていると別れをくりかえす、というSFあるあるだね
でも、イヴが動き出したということは誰かがイヴに「ある種のはたらき」となるエネルギーをあたえたということ。
そういうことがつづいているうちは、人間もまんざらじゃない。
まだ「心」を持っている人間がいたんだ、ってこと。
でもなぁ、それを機巧人形に教えられるってさぁ……
さとうがこの本を読んだ理由
ズバリ、前作が傑作だったから。
ひとことも「江戸」と書いてないのに「江戸時代の話か」と錯覚させるほどに表現がうまい、それでいて機巧人形の話がSFっぽくて、最高だった。
そのつづきだろうから、どんな展開になっているのか、楽しみでしかなかった。



そりゃ、読むでしょうよ
なお、この話はシリーズの2作目。
- 機巧のイヴ
- 機巧のイヴ 新世界覚醒篇
- 機巧のイヴ 帝都浪漫篇
3作目も読むぜっ。
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