両性社会は理想なのか

両性社会は理想なのか?

忘れられていた植民星ゲセンにも、宇宙連合から使節がやってきた。たった一人でゲセンとの外交関係構築のためにはたらくゲンリー・アイだが、両性社会の特異な人間関係のルールがなかなか理解できない。彼の存在もまた十分には理解されないまま、ゲンリーは政治的陰謀へと巻き込まれていく。

両性社会に住む人々は両性具有だが

両性っていうのは「男」と「女」。赤ちゃんが生まれた時に聞かれるアレ。
今でこそ「ジェンダー」「フェミニズム」「LGBT」などの言葉がメディア上に普通にふんだんに現れています。が。

真剣に正確にそれらの言葉の意味を調べたり、考えたりしたことがある?

さとう
私はイメージ先行で興味本位でした。正確なことはわかってなかった。ごめんね。

 

この本は「両性社会」って言葉がキャッチーで、またヒューゴー賞とネヴュラ賞のダブル受賞だったので、けっこう知られている。だからいろんなイメージと期待を持って手に取った方が多い(だろうな)。

ちなみにヒューゴー賞というのはSFに詳しいファンによって選ばれる本屋大賞的なもの、ネヴュラ賞はSFの直木賞みたいなものと大雑把に考えておいてください。SF界においてはけっこうな権威ある賞です。

文体などの理由で、「とっつきにくいわー」と思った方も多いはず。小説としては良い出来なのですが、主人公ゲンリー・アイの物語風任務報告とゲセンの昔話や伝説が交互に語られている、というか綴られている形なのね。

さとう
こういうところが「SF、ムズイから苦手」とかって思われちゃうポイントのひとつよ。

 

でも繰り返し読んでいると、じわじわ〜っと情景が妄想できるの。昔話や伝説の部分の言わんとするものがじわ〜っと「読む能力」の部分に染み込んでくるみたいな感じ。

そして読み込んでいくと実は、「両性」であることよりも植民星の「独自の文化や社会」を理解することの方が大事で大変なのだということがテーマなんではないの?と思い至ってくるのね。

いやはや、いつの世も何の話も結局はそこに引っかかってくるわ。異文化を理解するのは苦労するよね。でも、異ではなくても相手をちゃんと理解するのはむつかしいよ。

 

両性具有をイメージすると

両性具有ってことはひらたく言うと男でもあり女でもあるってことかな?

雌雄同体っていう言い方なら学術の分野で昔からある。植物や昆虫、カタツムリやミミズなんかは昔から知られているね。魚にも、最初はオスだけど成長過程やある条件下でメスに性転換するものもいる。

 

創作や表現の世界では人間でも両性具有がたくさん登場するけれど、実は現実世界でも「男」とか「女」に分けられない、もしくは分けられたくない多様な性の形が存在していることは知っているかな?

古くは「半陰陽」「インターセックス」とか呼ばれ今風なら「Xジェンダー」っていうところです。

が。

このテーマは含むものが非常に多すぎて、正しく理解するのがむつかしい。医学的には「性分化疾患」という捉えられ方をしているけれど、実像と違う偏見にさらされて苦しんでいる人もいると思う。(そもそも単純に病気とは言えないでしょ?)

さとう
だから現実社会では、下世話なイメージを持たないでほしいと私は考えています。

 

ただ、フィクションの世界では、ストーリーを如何様にもつくっていける貴重な人材ではあるんだよねぇ………

 

子孫を残すための性と生

「性」はなぜ、一つではないのでしょう?

それは生き残り生き続けて、種の多様性を維持するためね。多様性を維持するために、数え切れない組み合わせを生み出すシステムとして複数の「性」が必要なの。

「両性社会」に暮らしているのは「両性具有」の人間で、種としては「両性具有種」という一つの種しかいない。でも、生まれくる子孫は各々の父親×母親の子どもたちで、多様な遺伝子の発現の結果となります。種としての滅亡を防ぐことができる。

ゲセン人は両性具有種なので、ある子どもの父親が別の子どもの母親となることもある。それがゲセンという世界です。

そんなシステムになってしまったのは、ゲセンがとても厳しい自然環境を抱え持つ植民星だったから。子孫を残すためにヒトは生き物として適応していくのよ。

ま、もちろん、そんな厳しい星で植民していくために遺伝子的な改変も加えているとは思うけどね。

未来世界を創造する快感

この本は、未来史というカテゴリーに入る話でもあります。アーシュラ・K・ル・グィンの作品の中でも「ハイニッシュ・サークル」と呼ばれるシリーズの一つです。

ハイニッシュ・サークル(またはハイニッシュ・ユニバース)とは、超高度な科学文明を持つ古代ハイン人が遥かな過去に様々な惑星に植民地(星)を設け、膨大な時間の流れの中で失われたそれらを再び見出して宇宙連合をつくった、という設定の、ル・グィン独自の架空の宇宙世界での未来史の話です。

さとう
宇宙、で、未来、の話は、SFでは王道かな

SF作家が小説を書く際に、一つの小説では自分の考えるものを全部は語り尽くせない場合、いくつもの話を展開するきっちりした土台を創る。それが「○○世界」と呼ばれるその作家独自の架空の宇宙世界、架空の歴史になる。「未来史」の「史」とつけるかどうかは別として、SFはかなりの部分、自分の考えた未来世界、宇宙世界の話なのね。科学に基づいている(と想像する部分も含めて)まるで “神”にでもなったかのような気持ちで世界をつくっていけるの。

あまりにご都合主義な設定や話ではファンに支持されにくいけど。

でも、この、世界を創造していけるという部分こそが「今」「ここ」のフィクションとは違う、儚いけど可能性に希望を託し、未来に向くことの快感を楽しめるジャンルだと私は思ってる。世界を創造し解決策を探っていけるというのは、やっぱり快感につながるのよ。

しかも脳内で自由に楽しめる。

後半部分の冬の雪原を横断するくだりはもう、「おお!寒いし怖いし辛いわ〜」と思える具体的な冒険譚だよ。経験がなくてもあそこまで面白く書けるのは、さすがプロの作家ですわ。

 

雪原踏破は大冒険、しかも両性の相方と二人きり。気を遣います。

 

まとめ:本の紹介

いわゆる「エロ」ではなく「性」について始終考えながら、ゲンリー・アイは異文化社会と理解しあっていく苦労を知ります。なぜならゲセン人からすれば、ゲンリー・アイとその所属している世界もまた異文化社会だからです。理解は相互の努力によるのです。それがやがて外交関係構築へと結びつくのです。

「わかってよ〜」はお互いさま〜。

シェアしてくださってもいいですよ♡B!
 

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